ごえんをつなぐコラム

四格を育む㉒

ビジネス書は役にたつのか?~賢い経営学との接し方

DATE19.11.11

皆様、こんにちは。企業経営アドバイザー検定試験講座講師(担当:企業経営・生産管理)の三枝です。

 

ビジネス教育というものに携わって、かれこれ15年以上が経ち、その間、数多くの経営書を読んできました。経営書の目的は、「高い業績の企業を取り上げ、その共通点(法則)を抽出し、世に紹介する」というものです。読者の欲求も、「成功企業の法則を知りたい」に尽きるでしょう。

 

■ビジネス書のジンクス

さて、唐突ではありますが、「スポーツ・イラストレイテッドのカバー・ジンクス」というものをご存知でしょうか。「スポーツ・イラストレイテッド」は、アメリカの著名スポーツ週刊誌で、その表紙を飾った選手はその後、スランプに陥るというものです。

 

なぜか?カバーを飾るのは、直近で大活躍した選手です。しかしスポーツの世界で絶好調は長続きしません。つまり、偶然(たまたま)の出来事です。よってカバーを飾ったときには、すでに絶好調の時期は終わり、平均的なパフォーマンスに回帰してしまうからです。

 

実はビジネス書を飾るスター企業たちにも同じことがいえます。かつて世界的にベストセラーとなった経営書の例を2つご紹介します。

 

1980年代初頭に発売された「エクセレント・カンパニー」(トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン)では、超優良企業として、43社が取り上げられました。しかしながら、同書が出版されたわずか2年後、少なくとも14社が深刻な経営不振に陥ってしまったのです。さらに、フィル・ローゼンツワイグ(IMD教授)が、業績が公表されている35社について1980年からの5年間の株主利益率の成長率を調査したところ、市場平均を上回ったのはわずか12社だけ、つまり過半数は超優良どころか平均にも及ばなかったのです。

 

また1994年に出版された「ビジョナリー・カンパニー」も同様で、「長期に渡り高い業績を上げ続けた企業」として取り上げられた企業のうち、株式公開している17社の1995年時点での自己資本利益率を見ると、市場平均を上回ったのは半分以下の8社に過ぎませんでした。近年では、「ブルーオーシャン戦略」なども槍玉に挙がっています。

 

激しい環境変化の中で、長い間、高い業績を上げ続ける企業は例外的な存在です。その例外に何らかの普遍性を見出そうとする経営書に対して、次のような批判があります。

「網の上に無数の小石が敷き詰められていたとする。何度か揺さぶっているうちに、小石は網の目からこぼれ落ち、最後には1つになるだろう。網にたまたま最後まで引っかかっていた小石を取り出して分析しても何の意味があるのか?」

 

■経営者の格言も思い込みにすぎない?

一方、叩き上げで一代で企業を成長させた経営者の方から、「経営理論など現場を知らない学者の机上の空論にすぎない」という意見を聞くことがあります。しかしながら、これには同調しかねます。彼らにもなにがしかの成功法則がありますが、それも経営書の成功法則と同様、単なる偶然の可能性が高いからです。

 

経営学者の理論は、多くの実証データを集めて導き出されたものです。さらに専門家(他の経営学者)による厳格な審査を経て学術誌に掲載されます。そのような理論ですら真偽が怪しいのですから、経営者個人の考えなど推して知るべしでしょう。実際にメディア等で持ち上げられていた経営者が成功法の書籍を出版したものの、その後、急速に業績を悪化させたケースは枚挙に暇がありません(よく中古本屋の100円コーナーで見かけます)。

 

■では、ビジネス書をどう利用するべきか?

企業の業績には、国内外のマクロ経済環境、他社の動向、政府の政策、買い手の嗜好変化など、様々な要因がからみ、その中から普遍的な成長法則を見出すことはほとんど不可能と言ってよいでしょう。極端なことをやって「たまたま」成功する企業もあれば、妥当なことをやっていても運悪く衰退する企業もあります。

 

こうした偶然性が支配する環境下で、ビジネス理論を学ぶ意義は、「必ず成功する」法則を知ることではなく、せいぜい「生存の確率を高める」法則を知ることくらいかもしれません。では、どうすればその確率を高めることができるのでしょうか?

 

それは、1つの考え方に固執するのではなく、できるだけ多くの考え方を知ることに尽きると思います。それまでの考え方が有効ではなかったら、考え方を改め、違う考え方を試してみるしかありません。みなさんには、是非たくさんの考え方を知っていただきたいと思います。

 

中小企業診断士 三枝 元

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